フリーハンド通信 『車座』
vol.2  「しつけについて」

 Y君はサッカーが大好きな目のクリっとした男の子です。初めて教室に来たのは小学校6年生の時でした。初めての授業の日、彼がとったある行動に私は新鮮な驚きを覚えました。

 教室の入り口でのできごとです。うちの教室は入り口で靴を脱いで中に入るようになっていますが、Y君は教室に来て靴を脱ぐと、そのまま中に入るかと思いきや、後ろを振り返って屈み、脱いだ靴をきれいにそろえたのでした。大人ならば別に驚くべきことではありません。が、辺りを蹴散らすようにして靴を脱ぎ捨てる子供はいても、靴をわざわざそろえ直すような生徒は、おとなしい女子の中にすらほとんど見当たりません。私はY君の姿に感心するとともに、日頃のご両親のしつけの様子を垣間見る思いでした。

 「子は親の鏡」と言いますが、仕事柄、たくさんの子供たちに接してきた経験から、子供さんを見るとご家庭の様子がある程度想像できます。そんな話を三者懇談の際にしたところ、隣にいたわが子を背中の後ろに隠そうとされたお茶目なお母さんがおられました(大丈夫です。透視するほどわかるわけではありませんから)。

 ご家庭でのしつけが子供の人格形成にとって、とても重要なことは言うまでもありません。しかしきちんとしつけてきたつもりでも、子供はなかなか思うように育たないもの。親御さんとの懇談では「どうしたら親の言うことを聞くようになるでしょうか?」と質問されることもしばしばです。子供さんが中学生以上の場合、残念ながら、その問いに私は「子供に言い聞かせて直る時期は過ぎました」と、答えるようにしています。中学生と言えば、だんだん親が疎ましく思える時期。心配から出る親御さんの一言が、子供にとっては、大部分が要らぬ干渉に聞こえます。「小言→口答え(もしくは無視)→喧嘩」というパターンは、どこのご家庭でも少なからず見られる光景ではないでしょうか。

 もちろん、「言い聞かせて直す時期」は終わったとしても、親御さんの役割が終わったわけではありません。同時に私は「これから先、子供さんに対して有効なのは環境づくりです」と答えるようにしています。つまり、子供たちがきちんと育つ枠組みを作り、あとはその中での子供の行動を見守るという姿勢が有効だと考えています。具体的には、次のようなことが挙げられます。

   
 1.守るべき家庭のルールを定める。

(門限、ゲームやテレビ、パソコンの時間制限)


 2.おこずかいの額を決め、その中でやりくりさせる。


 3.お手伝いの役割を決める。

(ご飯の後片付け、お風呂掃除など)


 4.家族が話せる雰囲気づくり。

(たとえ二言、三言でもいいので、意識して言葉を交わすようにするなど)


 5.信頼できる第三者に子供を預ける。

(学校はもちろんのこと、習い事などは、自分の目で信頼できる人かどうかを

 確認して子供を預ける。塾もそのような場所の一つでありたいものです)

 1・2は、自己を管理する力をつけさせるためのものです。3は、各々が役割を担うことで家族(社会)が成り立っていることをわからせます。4は、いつも子供を見守っているということをわかってもらうためのものです。5は、子供の成長を助けるものです。中学生以上になると、家族以外の第三者の言葉やお手本が、成長に大きな影響を及ぼします。

 特に1と2については、一度話し合って決めたら、絶対に親がブレてはいけません。(「今回だけは」という例外は、子供には通じません。一度許せば、次からは「当たり前」になることを覚悟する必要があります)

 もう一つだけ付け加えるならば、「次のテストで成績が上がったら××を買ってあげる」という手を使わないことです。子供は一時の間、一生懸命勉強するかもしれませんが、そうやって生まれたやる気は長続きしませんし、ひいては「自分のために努力する」ということができなくなってしまいます。

 楽天名誉監督の野村さんの有名な言葉に「財を残すは下、仕事を残すは中、人を残すを上とす」というのがあります。けだし名言です。子供に伝えられた親の教えは、そのまた子供へと、脈々と受け継がれていきます。時々この言葉を思い出しては、大切な子供さんを預かる身として、少しでも多く、子供たちにいい影響を与えられる存在でなければと思う次第です。

(K. S.)

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